江崎グリコ システム障害に思うこと 考察

 江崎グリコのシステム障害が、チルド品の出荷ができないという規模の大きな影響になっています。
 この件について、公開情報をもとに少し考察してみたいと思います。

いま現在、起こっていること

グリコが冷蔵品の出荷を再度停止、S/4HANA稼働トラブルで5月中旬まで
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/24/00610/

 物流・SCMを含む基幹システムをこの4月3日に切り替え、その後物流のシステムトラブルが発生し収束していないようです。グリコのプレスリリースにも出ています。
https://www.glico.com/jp/newscenter/

 これにより、チルド品の出荷ができなくなっており、5月中旬までの復旧を目指しているとのことなので、相当な障害になっていると思われます。中の方々は、さぞかし大変なこととお察しします。お身体はくれぐれもお大事にしてください。

デジタルプロジェクトに投下している投資金額規模

 ソフトウェア仮勘定は2020年末の決算から開示されており、プロジェクトの進捗に伴ってでしょうか、ここまで増え続けてきています。こういう類の数値が開示されるということは、新たに大きなデジタルプロジェクトが立ち上がっているということの裏付けでもあります。
https://www.glico.com/jp/company/ir/library/summary/
ソフトウェア仮勘定残高(決算短信 連結貸借対照表より)
2019年12月末  1,441百万円
2020年12月末  4,627百万円
2021年12月末 11,020百万円
2022年12月末 16,746百万円
2023年12月末 22,477百万円

 200億円超えなので、かなり大規模なプロジェクトとなっているのでしょう。2024年3月末の追い込みに向けて、さらに残高が積みあがっていることが想定されます。これは、今度の第一四半期決算を見ると明らかになると思います。  ちなみに、2023年12月期末決算説明会の資料を見ると、21ページにERPシステム投資額の総額が記載されています。合計340億円とのこと。ソフトウェア仮勘定との差額についてはすでに費用化されているのかもしれませんが、相当大きな額の取り組みに膨れ上がっています。これは、なかなか後戻りできる状況にないのは察して余りあります。

これまでの経緯

 2022年2月~3月に、社長交代のプレスリリースが発行されています。オーナー一家の三代目で、慶應SFC出身の方のようですね。
https://www.glico.com/jp/newscenter/pressrelease/38641/
 Webを見ると、大学卒業後サントリーなどに勤務されていたようですが、2004年までの江崎グリコ入社までの経歴はオフィシャルな公開情報からは読み取れません。また、社長に昇格される前から、情報システムをはじめ相当多くの部門を管轄される取締役として長く活動されていたようです。

 上記と同期をとってなのでしょうか、デジタル戦略に関する情報公開もされています。
https://www.glico.com/jp/company/dx/
 うーん、コンサルが書いた感がプンプンします。これが最上位のバイブルとなって、大きなプロジェクトが立ち上がっていったのだろう、という想像は容易にできます。100周年と社長交代の節目、なのでしょうか。

 SAPの2025年問題改め2027年問題の影響もあったのでしょう、SAP S/4HANAの導入が進んでいるようで、社内SEの採用情報が公開されています。
【大阪】社内SE(SAPベーシス・インフラ担当)◆創立100年のグリコグループの情報システム部門
https://doda.jp/DodaFront/View/JobSearchDetail/j_jid__3010064667/

 2022年12月には、会計まわりの請求書など電子化でSAPと連動するオープンテキストの導入事例が公開されています。これは、現行のSAPベースでの業務改善の取り組みなのでしょうか。これ自体は成功事例として扱われています。
https://www.jsug.org/2022casestudy/opentext

稼働目前に控えていたデジタルプロジェクトの内容を探るヒント  「認定事業適応計画」という制度がありまして、デジタルで生産性向上を図る企業に対して一定の税制優遇(今回はDX投資促進税制)を獲得することができます。ただし、それを獲得するには、計画を国に提出して承認を得ること、そしてその内容が世の中に公開されることとなります。江崎グリコ社においても、この制度が活用されています。

江崎グリコ株式会社の産業競争力強化法に基づく事業適応計画の認定について
https://www.maff.go.jp/j/press/shokuhin/seizo/240314.html

特に2ページ目後半以降 「事業適応の具体的内容」部分を転載させていただくと、

 これまでは事業ごとに最適化されたシステムを起点とした業務を⾏っていたためにデータが事業別に分断され、業務効率や変化への対応スピードに課題があった。それらの課題を解決するために全事業の基幹システムを統合し、事業の垣根を超えて標準化された業務プロセスを定義することにより、機動的な⼈員配置および変化に対応できる組織基盤を構築する。
 加えて、クラウドを介して社内外とのサプライチェーンを⼀気通貫に繋ぎ、原材料や製品、債権といった財務データ、⽣産計画や販売計画の⾮財務データを⼀元化して利活⽤することでPDCAを⾼度化、加速し、⽣産性の向上を実現する。
 サプライチェーンでの具体的な取り組みは、⼦会社のグリコマニュファクチャリングジャパンの全⼯場の他、当社製品の⽣産に携わる外注⼯場(約50拠点)、また外部物流倉庫(約30拠点)ともデータを連携し、拠点ごとに賞味期限別の在庫⽇数を把握することで、季節性、販売計画を踏まえた計画的な適時⽣産と物流拠点ごとの在庫⽔準の適正化を図ることにより、お客様への鮮度の⾼い製品の提供と同時に、賞味期限切れによる廃棄等の最⼩化を計画している。
 江崎グリコをはじめ国内主要6社にSAP HANAを導⼊することを⽪切りに、順次海外主要⼦会社にも導⼊することを計画している。それによりグローバルでの勘定科⽬やマスタの共通化・⼀元管理によりグローバルでの経営分析軸の統⼀を図り、管理レベルの標準化、迅速化の実現を計画している。
 具体的にはポッキーやビスコといったグローバルブランドの販売状況をブランド別、地域別に⼀元管理し、それにより迅速で的確な意思決定によるグローバルでの増販を計画している。

とのことです。

この事象に至った背景 想定

 いま中で何が起きているのか?については公開情報は当然ないので、一般論として推察することになりますが、このような大きなプロジェクトで旧来のシステムから一気に(ビッグバン方式で)システム切替を行おうとすると、以下のようなことが起こることが想定されます。関わっている背景はこれらのうちの一つかもしれませんし、もしかすると全部起こっているかもしれません。

1.システム機能がプログラム単体というよりはかたまりとして見たときに不具合を起こしており、全体として正しくシステム機能が動作しない。もしくは、そもそも業務仕様レベルでミスを起こしている。
2.システム機能は想定する仕様通りに動作しているが、ユーザの業務習熟が追い付いておらず、新業務でシステムを使いこなせず、業務が回らない。
3.システム切替にあたって行う新旧システム間のデータ移行が、旧システムのデータが複雑系になってしまっており、ある断面時点での業務状況を反映するデータを正しく把握することができず、結果としてデータ移行した内容が「ある断面時点での業務状況」を正しく反映していないものとなっていた。そのため、そのデータを使って新システムで新業務を行おうとしても、うまく行えない。
4.システム切替にあたりインフラ領域でシステム連携のつなぎ替えがうまくいかず、システム間のデータ自動連携がなされない領域が発生し、業務が滞る。

 考えただけでもぞっとします。なお、5月中旬までに復旧するということですが、復旧に向けて考えられる対応は大きくは以下の3種類でして、
a. 新システムのトラブルを暫定的にでもなんとか収束させて、新システム上で業務を復旧させる。
b. 新システムでのトラブル収束はいったん諦め、旧システムへの切り戻しを行い、新システムの切替タイミングを改めて計画する。
c. a.とb.の折衷案
あたりになるかと思います。

今後の懸念事項

 この状況では、とにかく復旧することが最優先にはなるでしょう。そしてその後ですが、このプロジェクトはグローバル対応を含んでいるようですので、この先の取り組みをどうするのか、どう軌道修正するのか?などテーマになってくると思われます。

1.現在の状況が復旧したとして(相当大変なはず)、その後のグローバル展開のロードマップを必要に応じて見直し
2.SAP 2027年問題というデッドラインに対して、ロードマップを修正する際にどう対処するか
3.2023年12月末22,477百万円のソフトウェア仮勘定、その後も積みあがる残高の処理をどう行うか(一定の減損を迫られるのか?もしくは稼働後に固定資産に計上して減価償却していくか?)。仮に経済耐用年数を10年として減価償却していくにしても、年間20億円以上の減価償却費が発生するため、年間の営業利益を10%程度押し下げる要因になる可能性あり。

 そして蛇足ですが、近年DX、AIがもてはやされている折、コンサル業界もとても膨張してしまい、ソフトウェア仮勘定が急激に積みあがっている企業は多かれ少なかれこのような状況で困っている企業が相当数あるのかも、と思った次第です。私がプロジェクトでお役に立てることも多くあるような気がするので、提案でもしてみようかと思った次第です。

(続報をもとに考察の続きを書きました。以下のリンクからどうぞ。)
https://www.at-ai.jp/2024/04/glico2/

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